糖尿病の薬物療法においては、「低血糖」についての知識を持っておく必要があります。
なぜなら低血糖はほとんどの場合、糖尿病の薬物療法を受けている方、すなわち血糖降下薬を服用中であったり、インスリン注射を受けている患者に起きる症状だからです。
(だからといって、低血糖になるのがイヤだから必要な薬物治療を受けないというのは、まさしく本末転倒です。)
「低血糖」は、読んで字のごとく「血糖値が低くなりすぎる」症状で、具体的には血糖値が60mg/dl以下になった場合を指します。
ちなみに健康な人の血糖値は空腹時で70~110mg/dlで、食事を7~8時間とらずにいたとしても60mg/dlを切ることはありません。
低血糖の初期段階では、血糖の低下に対して交感神経が興奮することによる冷や汗や動悸、頭痛や異常な空腹感などの症状を自覚します。
血糖値が30mg/dlを下回るほどに症状が重くなると、大脳や脊髄など中枢神経のはたらきが低下するため、けいれん、ひいては昏睡状態を起こすことがあります。
重い症状の低血糖を放置したまま時間がたつと、最悪の場合は脳や中枢神経の障害、脳死や心筋梗塞による突然死につながる可能性もあります。
低血糖は一般に食事をとってからかなり時間がたった段階、多くは食事の直前に起こりがちです。
冷や汗や動悸、体のふるえなど低血糖の初期症状のサインがでた段階で、ブドウ糖や砂糖など糖質をすばやく補給すれば、10分程度で症状が収まってきます。
(低血糖に備えて保持したい食品については 低血糖への対処法~食事から見る原因と対策 をご参照。)
ただし、あくまでブドウ糖が第一選択となります。砂糖だと、ブドウ糖の倍量が必要になります。
なお非常時には糖分を含んだお菓子などで代用せざるを得ませんが、効果の表れ方はブドウ糖に比べて遅くなります。
いずれにせよ、低血糖と感じたら絶対に放置せずに、ただちにブドウ糖あるいはその代替物を摂取することが必要です。
糖質を補給したにせよ、それが身体に吸収されて脳に到達するまでに、多少の時間が必要です。
さらに状況によっては初期治療が間に合わず、いきなり低血糖による昏睡を起こして倒れるケースもあります。
このような事態においては医療機関においてブドウ糖液を注射してもらわなくてはならず、倒れた段階で周囲に人がいないときは、大変なことにもなりかねません。
特に患者本人が車を運転する機会がある場合は、車内にブドウ糖を多めに常備しておくのはもちろん、空腹時の運転を避ける・万一意識の混濁を起こした場合の停車の手順を日頃から練習しておく、といった配慮も必要になります。
外出時は万一の意識障害に備えて、患者本人に「私は糖尿病患者です」と記載された「IDカード(緊急連絡用カード)」を携帯してもらうようにしましょう。
療養グッズ一覧(公益社団法人日本糖尿病協会)
なお意識障害や意識低下を起こした後は、仮にブドウ糖の摂取で意識が一時回復しても、再び低血糖となった場合に、同様の症状が起きる可能性が高くなります。
従ってこのような時は、必ず担当医師に連絡して治療を受けることが必要です。
また低血糖の初期症状のなかに、軽い胸の痛みや精神的な脱力感・気分的な落ち込みなど、糖尿病の一症状となかなか気づきにくい・見分けがつきにくいものが潜んでいる点もやっかいです。
夜に寝ている時などにこれら低血糖の症状が起きた場合は、自分自身ですらそれと気づきにくく、どうしても手当てが遅れがちになります。
夜間や明け方の低血糖の発症率が、日中より数十倍高いとする研究報告もあるそうです。
低血糖になる要因は、食事・運動・薬のそれぞれにおいて存在します。
「食事を抜く」「食事時間や食事間隔の大きな遅れ」「普段より多く運動したことによる、ブドウ糖の過剰消費」などが、原因の上位を占めています。
特に運動した場合は、その直後のみならず、その日の夜や翌日の早朝に至ってから意識低下や昏睡を起こすケースもあるため注意が必要です。
糖尿病の薬に関しては、服用量や服用のタイミングをあやまった場合に加えて、たとえ医師の指示どおり服用した場合でも前後の食事内容や食事時間をいい加減に扱うことによって、低血糖が起きるケースも少なくありません。
また、他に持病を有していてその治療薬も服用している場合、それらの薬の成分中に、血糖値に影響を及ぼすものが含まれていることがあります。
医師はそれらも考えたうえできめ細かな調整を行うはずですが、肝心の患者が勝手な自己判断によってその配慮を台なしにしてしまっては、元も子もありません。
以上、薬物治療の大切さ、そして薬物治療が食事療法や運動療法ときわめて密接にリンクしていることが、低血糖という症状を通じておわかりいただけると思います。
なお低血糖の症状を未然に防ぐためには、患者が自分自身で血糖値の測定を行うことが大切とされています。
家庭用の自己血糖測定器もいくつか市販されていますが、まずは自分の場合はどうしたらよいかを、担当医に相談してみましょう。